Book and Bed Tokyo から旅館の行く末を考える

現在の宿泊産業

スマートフォンが発達した現在、宿泊業の形態は多岐に渡る。

ホテル、旅館、民宿などの既存の形態の他に、「民泊」「ゲストハウス」「簡易宿泊所」などの泊まれる場所が増えた。

民泊やその他の業態は、法律の問題など様々な問題を抱えているが、それらの業態がこの先宿泊産業からいなくなることはないだろう。むしろアプリの開発や同業態同士の競争によって、更にシェアは拡大すると個人的には考えている。

旅館関係者はこれを危惧し、民泊に対する抗議文を関係省庁に送っていたのがつい最近のこと。

ふと疑問に思ったのだは、

「旅館は本当に民泊や簡易宿泊所と競合するのか?」

確かに「泊まる」という「コト」では競合するのだろうが、旅館の売っている「コト」は「泊まる」という部分だけなのか?

答えは「ノー」である。

旅館はサービスを売っている。おもてなしや料理、心安らぐ空間などを含めたサービスを提供している。そしてそれを求めてお客様はご来館してくれている。というのが僕の考えている「コト」。

では民泊は?

少なくともサービスは売っていない。宿泊する場所を提供しているのである。ゴミはまとめておかなければならないし、簡単に掃除もしておかなければならない。

つまりは「売っているモノ」が違うのだ。

そもそも抗議文を送っている旅館関係者は、プライベートで民泊に泊まった事があるのだろうか?「airbnb」のアカウントは持っているのだろうか?

僕は昨年、初めて友人同士で民泊をしたが、友人同士でパーティーやBBQをするにはとても良いサービスだと思う。勝手気ままに旅をしたい若者に流行る理由が理解できた。

つまり、旅行中は縛られたくないのだ。チェックインの時間とか、食事の時間とか大浴場の時間などに縛られたくないのだ。多様化する宿泊産業の中で、選ばれている理由はそこだ。

この経験以降、様々な業態の流行っている宿泊施設を調べては、Google mapにリスト化している。

そして先日、以前から気になっていた「泊まれる本屋」というコンセプトの「Book and Bed Tokyo」に行ってみた。実際には宿泊していないが、施設やサービスを受けてみて感じた事がある。

それは「尖ったコンセプトの優位性」「他業態からの学び」である。

尖ったコンセプトの優位性

Book and Bed Tokyo

InstagramTwitterで良く目にしていたこの施設。

SNSで認知度を広めてきた事は間違いないだろう。

本棚の中に小さな部屋があり、その中で読書しながら眠りにつくという簡易宿泊所。簡易宿泊所とは、個室に鍵をかけられないなどの決まりがある宿泊施設。今流行っている「ファーストキャビン」なんかもこれに当たる。

天井からは本がぶら下がっていて、施設内は常に洋楽が流れている。定員さんは全員若いスタッフ。服装はパーカーに帽子・ピアスといったラフなスタイル。もちろん統一された制服などはない。

そして一番に興味を引くのが、コンセプトの「泊まれる本屋」という部分。

公式HPには

ふかふかなマットレスも無ければ、低反発の枕も無ければ、軽く暖かな羽毛布団も無い。あるのは、読書をしていたら(マンガでも良いですよ)いつの間にか夜中の2時になってて、もうあとちょっとだけって まぶたが重くてたまんない中も読み続けてたら、いつの間にか寝てしまった。そんな、誰もが一度は経験したことがあるであろう 最高に幸せな「寝る時間」の体験です。

だから、コンセプトは泊まれる本屋。(あ、本は売らないです。言うなればってやつです。)「映画を見てたら寝ちゃった」とか「友達とLINEしてたら寝ちゃった」とか、とにかく「好きなことをしてたら、うっかり寝ちゃった」って 最高の「寝る瞬間」の体験じゃないですか?そんな「寝る時間」に至福の体験を用意してくれるホステルを、本をテーマに自分たちで作ることにしました。

とある。

要するに「寝る場所」というよりは「寝る体験」を売っているのだ。

そして、この事をもうあらかじめ伝えているのだ。

「ここには心地良く寝る施設はない!」と。「あるのは寝るのに最高の体験だけだ」と。

昨年、僕が学んだエクペリエンス・マーケティング(エクスマ)でも同じことを学びました。

「モノを売るな!体験を売れ!」

「差別化ではなく独自化を目指せ」

まさにこのBook and Bed Tokyoは、それを体現している。

他業態からの学び

Book and Bed Tokyoは、お客さんを選ぶ施設だ。

この施設に50代の夫婦が泊まりに来る事は、ほぼ間違いなくないだろう。

また、中年のサラリーマンが出張の宿泊地として使うことも考えづらい。

ここはお金はないが、様々な情報に高感度な若者が集まる空間。

お店は完璧にターゲットを絞っている。そしてそこが面白い。

正直に言えば、60代以上の人は泊まりたくても泊まれない人が多いだろう。何故なら予約は完全にオンラインのみ。HP上で電話番号の表記も見つけられません。

そして支払いはSuicaなどのICカード、またはクレジットカードのみである。基本的にキャッシュは使えない。予約時にはクレジットカードの番号が必ず求められる。クレジットカードを持っていない人はそもそも宿泊する権利すら与えられないのだ。

強気である。・・・が理に適っている。

何故なら、この支払い方法は宿泊産業が抱えている問題「ノーショウ」を一撃で解決できるのだ。

「ノーショウ」とは連絡なしの当日キャンセル。これを喰らうと用意したものすべて無駄になる。そして施設側は100%のキャンセル料をもらえることの方が少ないのだ。大体バックレられてしまう。すると全ての負債は施設が抱えなければならない。

料理の材料費だけではなく、その日のために用意した人の人件費などの全てをだ。それを、予約時に全員からカード番号を戴くだけで解決できる。来なければ、そこに請求して引き落とせば良いのだから。

僕は旅館業界も、みんな足並み揃えてこの「予約時カード番号」システムを導入すべきだと常々思っている。もうクレジットカードを持っていない人の方がマイノリティなはず。

全国旅館生活衛生同業組合連合会」とかいう立派な組合があるのだから、やるとなれば出来るはずです。

スタンダードは自分たちで作らないといけない。いつまでも食いものにされている場合じゃないんだ。・・まぁ、あまり書きすぎると愚痴みたいになるのでこの辺で。

また、キャッシュを扱わないことによるメリットはそれだけでは無い。現場スタッフによるお金の管理も一切いらないのだ。

つまり、良くあるお金のトラブルが無いという事。素晴らしいです。

旅館の未来を考える

各業態それぞれの優位性について考えてみよう。

  • 民泊=「自由度の高さ」「施設の多様性」
  • ゲストハウス=「地元の人や同じ旅行者との繋がり」「土地土地の良さを知れる」「施設ごとのコンセプトの面白さ」
  • 簡易民泊施設=「手軽さ」「値段の安さ」「コンセプトの面白さ」

では旅館は?

「サービスの質」と「施設の充実度」

であると僕は思う。

先に述べた通り、サービスとは接客や料理、おもてなしの心である。受けて満足するおもてなしの提供を、各旅館は努力している。

施設の充実度は、温泉・お食事処・お部屋など、他の業態では出せない程の優位性がある。(そうでない施設もあるが)

特に高価格帯の旅館やホテルなどは、その部分に力を入れている。

しかしながら、この2つの優位性で今後勝負していけるのだろうか?

いや、「勝負していける施設」がどの程度あるだろうか?

恐らく、多くの施設は淘汰されていく。競争に負けていく。

全室露天風呂付きの施設やオーシャンビューが広がる施設・貸切風呂がいくつもある施設・モダンに改装した雰囲気のある施設・・などが強みを活かして残っていく一方、施設への投資が出来ず老朽化していく施設が山ほど出てくるはずだ。

はなぶさ旅館も後者になる可能性は十分ある。むしろこのままでは確実に老朽化は進んでいく。そして、施設をリニューアルするほどの潤沢な体力は今のところない。

・・・未来は暗い

・・・とは思わない!

なぜなら、民泊やゲストハウスの優位性は旅館に取り込める。

尖ったコンセプトや地元の人との繋がり、自由度を高めるという部分はいくらでも入れられる。

逆に民泊がサービスの質を向上させたり、ゲストハウスが施設の充実度を高める事はかなり難易度が高い。

ここに光があるような気がしてならない。

  • 人と人を繋げる旅館があってもいい
  • 色んな体験を、お客さんみんなで体験できる旅館があってもいい
  • 「文字の中で眠る」みたいな尖ったコンセプト旅館があってもいい

今のスタンダードな「旅館」という商売では、勝ち抜くことは出来ないかもしれない。競争度合いが高いココから抜け出してもいいんじゃないか?

マイノリティに走ったほうがいいんじゃないか?

「差別化より独自化」 これを大事に考えたい。

などと思った今回の訪問。行って良かった。

旅館の可能性はまだまだある。そしてそれを探して変化させていけることが楽しみでならない。